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第十六回 憶えていますか?こんなTV番組

 

テレビ時代劇ア・ラ・カルト


テレビで最初に見た時代劇というと、題名は忘れたが、風呂焚きの下男が白覆面に変身して悪人をこらしめるという内容のドラマだった。NHKの作品だったので、斬殺すことなく峯打ちで倒していた。

NHKのチャンバラ時代劇で忘れられないのが『月下の美剣士』だ。1960年の4月に開始され、最初は悪人をバンバン斬っていたのが、途中から主人公は柔術の名人になり、剣を抜かなくなり、半年後には番組も打ち切られてしまった。なんでも当時のNHKの会長さんが、暴力的なことに一切反対したらしい。主演の加藤博司は、後番組の『ポンポン大将』にほんのちょっと出演した後、NHKを去って大映に入った。大映での芸名は成田純一郎だよ。

民放で見た最初の時代劇は、『大江戸風流男・恋さま罷り通る』だった。中村芝雀の“恋さま”は良家の坊ちゃんだが、市井で暮している。二枚目の優男だけど剣の達人なんだ。女性にもてて何不自由なく暮すキャラクターは、“若さま侍”と同じだね。3~4回しか見ていないんだが、妙に印象に残っている。

加藤博司(成田純一郎)  諸羽流青眼崩し

毎回かかさずに見ていたのが、『旗本退屈男』だった。主演は中村竹弥。映画で市川右太衛門を見ていたので、だいぶ見劣りがしたが、テレビで退屈男が見れたことに満足 したよ。中村竹弥は、右太衛門の退屈男のスタイルをそのまま踏襲していた。青眼に構えた刀を、左足を前に出した逆足にして、刀を真直ぐに立てる立てる諸羽流青眼崩しも、徳川初期の旗本奴みたいな浪人風の総髪も、三波春夫もマッツァオという豪華絢爛な衣装も……。 佐々木味津三の原作には、諸羽流青眼崩しの構えは書かれておらず、頭髪も“青月代”だし、衣服も黒羽二重だった。私たちがイメージしている退屈男のスタイルは全て右太衛門が考案したんだよ。

 主演の中村竹弥は、歌舞伎の裏方出身で、舞台活動をしていたところを、1955年にTBS(当時はKRテレビ)の『江戸の影法師』の主役に抜擢され、一躍売出した。『江戸の影法師』は同局が初めて挑戦した時代劇で、この成功を受けて『右門捕物帳』『旗本退屈男』と続けて主演することになる。私が中村竹弥を知ったのは『旗本退屈男』からだった。明朗さには欠けるものの、退屈男の豪放さは上手く演じていたと思う。この番組は、前編・後編の二回完結形式だったが、出演者は常に同じ顔ぶれだった。新東宝の女優だった筑紫あけみや、悪役専門の山岡徹也が役名を変えて毎回登場していた。俳優を固定化することで出演料をおさえ、製作費を安くあげてたんだろうなあ。

中村竹弥の持味が発揮されたのは、1962年の『新選組始末記』の近藤勇だ。徳川幕府に最後まで忠誠をつくす、生真面目で融通のきかない武骨者の性格が、中村竹弥のキャラクターと一致していた。子母沢寛の同名の史伝を忠実にドラマ化した『新選組始末記』は、芥川隆行の名ナレーションと、ドラマの内容にマッチした哀愁を帯びた主題歌で始まる。従来の幕末もののドラマでは断片的にしか知られてなかった新選組の姿を、その結成から近藤勇の死までを、史実に基づいてダイナミックに描いていた。これまでは虚構の世界でしか知られていなかった新選組の活動が、この番組で視聴者に史実として把握されたことは、後の幕末ものに大きな影響を与えた。その意味では、幕末歴史ドラマの先駆けといってもいいだろうな。

中村竹弥以外には、土方歳三に戸浦六宏、沖田総司に明智十三郎、芹沢鴨に金子信雄といった配役だった。明智十三郎の表情の乏しい演技が、逆に沖田総司の朴訥さを感じさせた。明智十三郎は新東宝出身の俳優で、新東宝時代には松平長七郎を主人公とした“若君漫遊記”シリーズの主演作がある。テレビにおいても『若君日本晴れ』という、同じキャラクターの主演ものがあるが、私は見ていない。

新東宝という映画会社は、「来なかったのは軍艦だけ」といわれ、占領軍まで介入した東宝争議のさなか、映画作りに情熱を燃やす俳優と、東宝撮影所従業員組合が1947年3月に創立した会社だった。しかし、確固たる配給網を持っていなかったので、常に経営危機と直面しており、61年5月に製作を中止し、事実上倒産した。新東宝の14年間の歴史は、大きく二つの時代に分けることができる。大蔵貢が社長をしていた時代と、それ以前とである。新東宝のスターというのは、大蔵時代の専属俳優をいう。大蔵以前のスターというのは東宝からの移籍組みで、新東宝に来る以前からのスターだったのだ。

大蔵体制になる直前の54年に、出演料1本30万円と、自動車の送り迎えという条件で、新東宝に入社したのが若山富三郎だった。弟の勝新太郎は、一足早く大映入りし ていた。新東宝の期待を一身に担った感じだが、思ったほど人気が出ず、58年に退 社し、60年に東映に移るまで、テレビで『銭形平次捕物控』に主演していた。 若山富三郎は立回りがうまいので、十手のような扱いにくい武器を器用に使って迫 力を出していた。ただ投げ銭に関しては、映画の長谷川一夫が一番だな。  

テレビにおける銭形平次は、62年の安井昌ニを経て、66年の大川橋蔵が極めつけとなる。なにしろ原作を500も上回る888回、18年も続いた長寿番組だからね。銭形平次といえば大川橋蔵となるが、初代・若山富三郎も捨てたもんではありませんよ。

若山富三郎  大川橋蔵

大川橋蔵の映画における代表作は『新吾十番勝負』だね。八代将軍吉宗の御落胤という毛並みの良さに加え、眉目秀麗な青年剣士という設定は、キリッとした中に艶っぽさをにじませ、プリンス的な優雅さを持つ二枚目俳優の橋蔵にはうってつけだった。 

57年に発表された川口松太郎の小説は、58年12月にテレビ化された。大川橋蔵の映画が59年だから、テレビの方がわずかであるが早いことになる。 主演は、新東宝の悪役スターだった江見俊太郎。中川信夫監督の最高傑作である『東海道四谷怪談』が新東宝最後の作品だった。主人公の民谷伊右衛門をたきつける、悪の権化のような直助を好演。『新吾十番勝負』の前年に、同じ日本テレビで『眠狂四郎』を主演しているが、こちらは未見。特攻隊の生き残りである江見俊太郎は当時35歳だったが、孤愁の青年美剣士・葵新吾を演じても違和感はなかった。

吉宗が松平頼方と名乗っていた頃、行列のお共先をみだした商人を無礼討ちする。その娘と許婚者が頼方を仇とねらって失敗し、娘は頼方の側室にむかえられ新吾を生む。許婚者だった庄三郎は新吾をさらい、武州大台ヶ原の自源流の道場に預ける。新吾は、庄三郎と、庄三郎の剣の師である梅井多門を親代わりに成長し、自源流の達人真崎備前守の直伝を受ける。新吾18歳の時に、秩父八幡の宮司の娘お縫を救うために、黒田家の次席家老の息子を斬ったことから、黒田家の怒りをかい窮地におちいる。梅井多門は新吾救出のために出生の秘密をあかすことになる。自分の出生に悩みつつ、父母への慕情を胸に秘め、新吾は剣の修行を志して、全国を遍歴する。

テレビでは他に田村正和、松方弘樹、国広富之らが演じたが、61年にフジテレビ系列で放送された『新吾二十番勝負』の夏目俊二はひどかった。宝塚テレビ映画の時代劇役者で、立回りはうまいのだが、哀愁・華麗さがなく、育ちの良さという雰囲気がまるでなかった。59年の『十六文からす堂』の飄々とした浪人役が一番似合っていた。

(左)徳川吉宗:大友柳太郎  (右)葵 新吾 :大川橋蔵

いろいろあった30分西部劇

 
テレビの創成期、主流は30分番組だった。西部劇も同様で、お子様ウエスタンは もちろんのこと、アダルト・ウエスタン(アダルトといってもポルノ映画ではありませんぞ)も当初は30分番組が一般的だった。前述した作品以外では、『テキサス決死隊』『ブロークン・アロー』『胸に輝く銀の星』『西部のパラディン』『レストレスガン』『スミスという男』『テキサン』『コルト45』『風雲クロンダイク』といったところが懐かしく想い出される。

毎週水曜日7時30分から放送されていた『テキサス決死隊』は、往年の名作西部劇と同じ題名だが、テキサス・レンジャーを主人公にしているだけで、映画の内容とは全く関係なかった。主人公のジェス・ピアンス(ウィラード・パーカー)が1800年代の話と、現代の物語に毎回交互に登場して活躍するのだ。駅馬車強盗を追ったかと思うと、次ぎの週は麻薬密売組織を追うといった具合。主人公の設定が、祖父と孫(お爺さんの名前を継いでいる)という関係であったところがユニークだった。テキサス・レンジャーに対して、アリゾナを舞台にレンジャーが活躍する『アリゾナ・レンジャー』というのがあったが、私は観ていない。それと、『テキサス決死隊』の後番組が『ライフルマン』だったんだよ。

『テキサス決死隊』は単に題名が同じだけだったが、題名も内容も映画と同じだったのが『ブロークン・アロー』だった。1870年代のアリゾナを舞台とした、トム・ジェフォーズとアパッチの大酋長コチーズとの友情物語。映画では、ジェームズ・スチュアートとジェフ・チャンドラーのコンビだったが、テレビではジョン・ラプトンとマイケル・アンサラのコンビ。白人とインディアンとの確執、それを丸くおさめようとするジェフォードとコチーズの活躍。滅びゆく民族インディアンの悲哀を謳った異色作と宣伝文句にあったが、毎度類型的な話ばかりで、最後の方は観ていない。

期待外れといえば『アニーよ銃をとれ』の後番組の『胸に輝く銀の星』もそうだった。当代随一の保安官役者として評判の高かったヘンリー・フォンダの主演で、保安官役とくれば期待して当然だ。私が初めて映画でフォンダを観たのは、リバイバル上映された『荒野の決闘』だが、この時点ではまだ観ておらず、まだ見ぬ恋人として期待が大きかった。フォンダの元保安官が、アンソニー・パーキンスの新米保安官を指導して立派な保安官にする『胸に輝く星』という映画があったので、『胸に輝く銀の星』もフォンダが新米保安官を助けて毎回活躍するものだと思っていたのだ。原題を調べれば、前者が“The Tin Star”で、後者が“Deputy”だから、すぐに違うものだとわかるのだが、邦題にだまされてしまった。

『胸に輝く銀の星』の舞台は、アリゾナ州にある砂漠と山に囲まれた架空の町シルバーシティ。フォンダが扮するのは、サイモン・フライというチーフ・マーシャル。このチーフ・マーシャルという職位がよくわからなかった。タウン・マーシャルが別にいたので、副署長的なようでもあり、州の命令で管轄エリア外でも働いているのでUSマーシャル(連邦保安官)のようでもあったからだ。ドラマのはじめか、終わりごろに顔を出すくらいで、留守中は保安官助手のクレイ・マッコード(アラン・ケース)が事件を解決する。早い話が、ヘンリー・フォンダは主演ではない
のだ。私が「これじゃあ、サギだ」と言ったら、「映画スターとして一流のフォンダがテレビに出演する時間があると考える方が甘い。わずかな出演でも出るだけマシ。それにタイトルだってデュピティ(保安官助手)じゃないか」といった親父の言葉が忘れられない。デュピティという英語を覚えたのは、この番組なんだよね。学校の英語授業には役に立たなかったけど。

クレイは普段は雑貨商を経営しており、拳銃の腕を見込まれて、パートタイマーの保安官助手を勤めている。定職を持ち、拳銃はあくまでも身を守るためのものと考える主人公の人生観は、これまでの西部劇にはないものだった。シナリオもよくできており、内容的には悪くなかったが、期待が大きかった分だけ不満が残ったんだよ。

テキサス決死隊/ブロークン・アロー/胸に輝く銀の星

ホルスターの大写しにタイトルが被り、カメラが後退するや、節くれだった手が拳銃を引き抜いて、轟然一発、弾丸をブッ放す。『西部のパラディン』の始まりだよ。パラディンとは、中世フランスで勇名をはせた騎士の名。パラディンの使う拳銃にはトレードマークのチェスのナイトの駒がきざまれている。軍隊がいやになって、西部へ飛び出した元陸軍士官の中年のプロ・ガンマン。全身黒ずくめの服装に身をかため、1870年代の西
部の町を渡り歩き、他人のトラブルを引受けては、その素早い拳銃さばきで悪を倒す。理性的で、どんな事態に陥っても決してあわてない。沈着を絵にしたような男。ピンチの時は、隠し持ったデリンジャーが火をふく。パラディンに扮したのは、鼻のしたの口ヒゲがダンディーなリチャード・ブーン。リチャード・ブーンは、西部開拓史上有名なダニエル・ブーンの末裔でもあったんだよ。

『西部のパラディン』は、火曜日9時30分からNHKで放送されていた。しかし、暴力追放のあおりを受けて、NHKでの放映期間は短く、その後民放に移り、『西部の男パラディン』の題名で放映された。NHKは字幕だったが、民放では日本語吹替え。印象としては、NHKの字幕放送が強く残っている。 

タイロン・パワー、ロバート・テイラーとならぶ往年の二枚目スター、ジョン・ペインが主演したのが『レストレス・ガン』だった。1960年代の西部を舞台に、カウボーイのヴィント・ボナーが無法を憎み正義を愛し、請われるままに正義の拳銃をふるうという典型的な股旅ウエスタンだったよ。二枚目特有のモタモタした動きで、西部劇ファンには評判の悪かったジョン・ペインだが、この作品では結構サマになっていたような気がしたのは私だけかなあ。

ジョン・ペインとは逆に、素早い動きで西部劇ファンに人気のあったオーディ・マーフィが主演したのが『スミスという男』だった。1870年代に“ささやきスミス”と呼ばれた、デンバー警察に実在した警部が犯罪捜査するミステリー西部劇だったよ。従来の西部劇と異なり、コロラド州が舞台となっているのは珍しかったが、オーディ・マーフィのアクションを期待した私としては、いささか拍子抜けだった。

オーディ・マーフィと同じようにB級西部劇のヒーローだったロリー・カルホーンが主演したのが『テキサン』だった。1870年代混乱期のテキサスをさすらい歩きながら、弱者の味方として自由と正義のために戦ったカウボーイの物語。主人公のビル・ロンリーは実在の人物と紹介されていたが、現在にいたるまで文献でお目にかかっていないんだよなあ。主演のロリー・カルホーンは、役者になる前は、木こり、坑夫、運転手、牧童、森林警備隊員と職業を転々としたあげく、スリまでやったというけど、本当かね。多くのB級西部劇スターが、テレビ西部劇の衰退とともに、マカロニ・ウエスタンへ流れて行ったのに、ロリー・カルホーンだけはマカロニに出演していないんだよ。

テレビ西部劇からマカロニに流れ、大スターになったのがクリント・イーストウッドだが、目立たなかったのがウェイド・プレストンだった。彼が主演したテレビ西部劇『コルト45』は、私のお気に入りだったんだけど。Cの字を大きくした“COLT-45”の文字タイトルは斬新でカッコよかったよ。『コルト45』は、主人公のクリストファー・コルトがグラント将軍の密命を受け、コルト銃器会社の宣伝マンとして“コルト45”の名で知られたコルト・シングル・アクション・アーミー(コルト・SAA)を宣伝しながら、行く先々で無法者を倒していく物語だった。新製品なのに、何故か無法者もSAAを持っていた。コルト・SAAが、“コルト45”と称されるのは、その口径が百分の45インチだったからで、他にも“ピースメイカー”“フロンティア”等の通称で呼ばれることが多い。これだけ愛称があるのは、SAAが単にコルト一社の傑作ということに止まらず、拳銃史上、最大の秀作といってもいい過ぎでないくらい優秀な拳銃だからで、西部開拓史には絶対に欠かすことのできない立役者だったからだよ。

ゴールドラッシュのアラスカのクロンダイクの町を舞台にした『風雲クロンダイク』は、主人公のマイク・ホリディに扮したラルフ・テーガーより、敵役のジェームズ・コバーンの方が魅力的だった。悪事がバレて、町の連中から生タマゴをぶつけられるシーンは今でも憶えているよ。

西部のパラディン/テキサン/コルト45

 
資料提供 : Nostalgic World
 
次回は「この銃撃アクションが凄い!」を掲載します。お楽しみに!

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コメント

TV創生期には、沢山の西部劇がありました。私のベスト5は、1、シャィアン2、ブロンコ3、モーガン警部4、ボナンザ5、バットマスターソン等です。その他にも、色々なっかしい外国TV映画ありました。こうして読ませて戴くと幼い頃を思い出します。我々の時代は、TVがライフスタイルの重要文化でした。

投稿者 新藤太郎 : 2007年08月15日 12:44

タイトル→テレビ時代劇、ア・ラ・カル?→ア・ラ・カルトでは

投稿者 アラカルト : 2007年08月27日 12:20

アラカルト様。ご指摘ありがとうございました。今後ともご愛読のほど、よろしくお願いいたします。

投稿者 管理者 : 2007年08月28日 09:59

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