第十二回 外国の医者は忙しかった!?
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『ベン・ケーシー』で脳腫瘍を知った
「男、女、誕生、死亡、そして無限」のナレーションとともに、黒板に“♂ ♀ * + ∞”の記号がチョークで描かれる。それに続いて患者を乗せたスレッチャーが廊下を疾駆し、天井の照明を遮る感じで、主人公である医師が登場して、患者をのぞき込む。 『ベン・ケーシー』はタイトルからして強烈だった。
1961年頃のアメリカ・テレビ界は、暴力番組や低俗番組によって占められていた。放送行政機関FCCのニュートン・ミノーをはじめとする国内、国外の識者から数多くの非難がテレビ界に寄せられ、そのため新しい良質の番組が強く求められていた。『ベン・ケーシー』は、それに応える番組のひとつとして登場したとのこと。“良心ドラマ”として世界の各国で放送され、日本でもTBS系列で1962年5月から、約2年半に渡って放送された。視聴率は常に2ケタ台を維持、最高時は50%をこえた超人気番組だった。
総合病院の青年医師ベン・ケーシー(ビンセント・エドワーズ)は、脳外科医としての腕は超一流だが、一本気で融通のきかない性格が欠点。独善的といえるほど確信に満ち、病院経営者や同僚医師、場合によっては患者とも対立することがある。そんなケーシーを暖かく見守り、助言し、指導するのが大先輩のゾーバー医師(サム・ジャッフェ)だった。同僚の女医マギー・グラハム(ベティ・アッカーマン)とは互いに引かれあうが、恋よりも仕事一筋に打ち込むのだ。ベン・ケーシーといえば名医の代名詞となり、医学漫談のケーシー高峰の芸名がそれに由来するのは周知の事実。『ベン・ケーシー』が放映されていた頃、私の従姉妹が脳腫瘍で亡くなり、母がよく「ベン・ケーシーがいたらねえ」と言っていたことを思い出す。
『ベン・ケーシー』のヒットは、当然亜流を生むことになる。NET(現、テレビ朝日)系列の『ドクター・キルディア』と、NHKの『看護婦物語』がそれだ。『ドクター・キルディア』は、インターンの警察医が、さまざまな事件にかかわりながら、一人前の医師に成長していく過程を描いた作品。主人公のキルディアには若き日のリチャード・チェンバレンが扮した。1962年10月から64年1月まで放送されていたが、私はあまり観ていない。
ニューヨークの大病院で働く二人の看護婦を、私生活と職業の両面からとらえた人間ドラマが『看護婦物語』だった。前年のドクター・ブームの後をうけて1963年1月から3年間放送されたが殆ど記憶にない。無名時代のダスティン・ホフマンがゲスト出演したとのことだが、私が知るわけはない。
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『逃亡者』も医者だった |
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| 「リチャード・キンブル、職業医師……」のナレーションで始まる『逃亡者』の主人公リチャード・キンブルは医者だった。インディアナ州の田舎町に住む医師リチャード・キンブル(デビッド・ジャンセン)は、妻のヘレンと話し合って養子を迎えようとしていたが、途中で話がこじれて口論となる。頭を冷やしにドライブに出て、帰宅してみると妻は死んでいた。彼は妻殺しの嫌疑で
逮捕され、ジェラード警部(バリー・モス)に連行される。彼は現場から立ち去る片腕の男を目撃していたが、それを証明できない。連行される途中、乗っていた列車が事故にあい、ジェラード警部は意識を失う。その場の混乱に乗じてキンブルは脱走に成功し、真犯人と思われる片腕の男を捜し求めて放浪するのだ。
1964年5月から67年9月までジェラード警部の追求をかわし、真犯人を求めて3年以上も逃げまわったんだよ。しまいには、真犯人はジェラード警部だというデマまで流れる始末。全ての謎が解き明かされる最終回は、アメリカでは72%の視聴率をあげたんだって。ところが、私はこの最終回を観てないんだよなあ。ちょうど大学1年の時で、貧乏下宿生活の中で、まだテレビを所持してなかった。後年、BS放送でこの最終回を観ることはできたが……。
追い追われるサスペンスと、孤独にさすらう男の哀愁がこの番組の魅力。デビッド・ジャンセンの吹替えをしていた睦五郎の声が主人公のイメージと一致して、女性ファンの母性本能をくすぐったみたいだ。ドラマでも、キンブルが数多くの女性に助けられるのは、この魅力にあるみたいだ。つかの間の仕事だけで、逃亡生活費を確保するだけの収入が得られるとは思えず、
女性の援助が背後にあったんじゃないかなあ。
同じ警察に追われる身でも、一流ホテルに住み、贅沢な趣味を持ち、端正な服装
(バーバリーコートの見本が歩いていると評された)で世界を股にかけて活躍するのが、セイントことサイモン・テンプラーだった。レスリー・チャタリスの原作による『セイント』は、悪事はすれど非道はせず、犯罪的手段で犯罪者の上前をはねる侠盗の物語。犯行現場に、頭の上に後光をつけた人間の線画を書き残すので“セイント(聖者)”と呼ばれているんだよ。
テレビでは、英国王室のお召し列車爆破計画を阻止した功績により、それまでの罪状が全て帳消しにされ、スコットランドヤードの依頼を受けて、表立って警察では捜査できない事件を解決するスタイルに変更されていた。主演は、ロジャー・ムーア。機知にとんだ会話と物腰は、後のジェームズ・ボンドと全く同じ。『セイント』の方が若かった分だけ魅力的だったなあ。
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| 資料提供 : Nostalgic World |
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| 次回は「二刀流時代劇ヒーロー列伝」を掲載します。お楽しみに! |

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コメント
ベンケーシー・逃亡者は、我々のゴールデンタイムでした。特に、逃亡者はハラハラ・ドキドキの連続で思わずTVに向かって早く逃げろと言っていました。いまでもNHKBSで再放送していますので良く見ております。あの時代の文化・ファッションが面白く楽しみにしています。これからも、TVクラシックを楽しみにしております。
投稿者 山下進 : 2007年05月15日 13:57
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