第十一回 漫画雑誌のヒーローがTVに登場した
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『矢車剣之助』はアイドル歌手
私が小学生時代(1955~61年)のマンガ界の四天王といえば、手塚治虫、武内つなよし、横山光輝、桑田次郎といったところか。この4人に続くのが堀江卓だろう。堀江卓作品の魅力は、躍動感あふれる描写力と荒唐無稽さにある。少年マンガというのは、少年が拳銃をぶっ放したり、自動車を運転したりして、少なからず荒唐無稽なところがあるのだが、堀江作品は完全にぶっ飛んでいた。チャンバラマンガなのに武器は拳銃。それも機関銃みたいに撃って撃って撃ちまくる。尽きることなく何発でも弾丸が飛び出すのだ。敵の数も半端でなく、何十人という大群が一斉に襲いかかってくる。赤胴鈴之助のように、“真空斬り”という秘術を使って倒すのであれば納得性があるが、拳銃だけで敵をいっぺんに倒すというのは、チャンバラの枠を完全に超えていた。当時、赤や黄色の巻火薬を入れるオモチャのピストルで、真似してパチパチ鳴らして遊んだが、あんな連発はできなかった。当り前の話だが……。
堀江卓の代表作というと、「少年」に連載されていた『矢車剣之助』と、「少年画報」に連載されていた『天馬天平』だろう。個人的には「痛快ブック」に連載されていた『つばくろ頭巾』(画像右)が好きだったが……。矢車剣之助のトレードマークは額の三日月傷。必殺・車射ちという曲射ちに加えて、矢車斬り、片手矢車、みだれ矢車、車返しといった秘剣の使い手。逆乗り、立乗り、逆さ乗りといった、愛馬ゴローとの人馬一体となった馬術の妙技も冴える。敵を油断さすために黒覆面の“夜の帝王”にも変身する。この“夜の帝王”の覆面というのが、眼から上を隠した“快傑ゾロ”タイプのもので、それまでの時代劇にはない覆面で目新しかった。天馬天平は、拳銃の他にムチを武器としていた。ムチの使い方が凄まじく、これまた今までのチャンバラにはないヒーローだった。どちらも、後にテレビ化されたが、おとなしいチャンバラ映画になっていた。
『矢車剣之助』が登場したのが1960年。主役はスリー・ファンキーズ加入前の手塚茂夫。スリー・ファンキーズというのは、“あの娘かな、この娘かな……”とヘタクソな歌を唄っていた人気アイドルグループ。高橋元太郎(水戸黄門で、ウッカリ八兵衛を演ってた人)が抜けた後、加入したのだ。スポンサーはニチバン。セロテープが、ニチバンの登録商標であることを、CMを通じて知る。他社の製品はセロハンテープといわなきゃいけないのだ。当時、松島トモコと人気を二分していた童謡歌手の小鳩くるみが妹役で出演していた。
『天馬天平』のテレビ放映は1964年。印象に残っていない。堀江卓の作品は、一枚一枚の絵が、屏風絵のようなスペクタクルと、スピード感を持っているので、実写はもちろんのこと、アニメ化してもその迫力は伝わらない。画風は異なるが、白土三平の作品と同様に、マンガの中において最も効果を発揮する絵なのだよ。
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ミラクルボイスの『少年ジェット』 |
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| “勇気だ、力だ、だれにも負けないこの意気だ……”の主題歌で始まる『少年ジェット』のキャッチフレーズは、「明るく元気で正しい心、少年ジェットこそ、まことの少年の姿」なんだよ。原作は『赤胴鈴之助』の武内つなよし。事件が起きれば、名犬シェーンを引き連れ、オートバイで颯爽と町に飛び出す。そのオートバイというのが、小型バイク。月光仮面のオートバイもチャチだったが、それよりもっとひどかった。走るシェーンの方が早いくらいだ。まぼろし探偵の黄色いマフラーに対抗して、こちらは白いマフラー。白いマフラーは正義のしるしなんだぞ。だけど、あんな服装じゃ、夏は暑かったろうな。
少年ジェットの本当の名は北村健。船越探偵の助手。ミラクルボイスとスーパーコルトを武器に、怪盗ブラックデビルやレッドベア、マッド・サイエンティストのハリケーン博士といった悪人と闘った。スーパーコルトは、まぼろし探偵の電波ピストルと同じように、殺傷力はなく、敵をシビレさすだけのものだった。それより凄いのはミラクルボイス。腰にかけた手をゆっくり口にもっていき、「ウー、ヤー、タァー!」と叫べば、大地は揺れ動き、大木が中央から裂けてしまうのだ。SFXは必要なく、ただカメラをグラグラ揺らし、折れた樹木を映せばミラクルボイスの一丁あがり。赤胴鈴之助の真空斬りはマネしたが、ただ大声を出すだけのミラクルボイスは恥ずかしくてできなかった。『少年ジェット』が放映されていた頃、私は小学5~6年生になっていたのです。
『少年ジェット』の原作は、雑誌『ぼくら』に連載されていたが、こっちの方はあまり読んでいない。というのは、『ぼくら』は小学生低学年向きで、当時の私のマンガ読書の主力は小学校高学年向きの『少年画報』や『少年』に移っていたからだ。1950年代は、月刊マンガ雑誌の全盛期で、55年には、『幼年ブック(のちに『日の丸』)』、『漫画少年』、『ぼくら』、『漫画王』、『おもしろブック(のちに『少年ブック』)』、『少年』、『少年クラブ』、『少年画報』、『冒険王』、『痛快ブック』、『野球少年』が本屋の店頭に並んでいた。少年ものだけでこれだけあり、『りぼん』などの女の子向けの雑誌まで数えると、どのくらいあったのだろうか。
私が定期購読していたのは、小学1~3年が『幼年ブック』と『痛快ブック』、4~6年が『少年画報』であった。他の雑誌を購読している友達と回し読みして、「あれが面白い、これが面白い」と感想を言い合ったものである。なかでも評判が悪かったのが『痛快ブック』だった。どの雑誌にも必ず人気マンガが2~3本は掲載されているのに、この雑誌には後々まで話題になるようなマンガが1本もなかったのだ。あえてあげるなら、堀江卓の『つばくろ頭巾』ぐらいか。“つばくろ”ってわかる? “つばめ”のことだよ。小林旭が歌う「サーカスの唄」の中に、“旅のつばくろ、寂しかないか……”なんて歌詞があるが、ウ~ン、マイナーだな。『痛快ブック』は、付録も少なく安っぽい雑誌だったが、「旗本退屈男」や「丹下左膳」といったチャンバラ物が連載されており、私は好きだったなあ。
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「痛快ブック」 |
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| 資料提供 : Nostalgic World |
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| 次回は「外国の医者は忙しかった!?」を掲載します。お楽しみに! |

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コメント
子供の頃、見ていた番組です。犬好きな私としては、特に「少年ジェット」のシェパード シェーンの虜になり、1年後に近所でシェパードの子犬が生まれ譲り受けました。名前は、当然シェーンです。何十年ぶりに思い出させて戴きました。ありがとう・・・・・
投稿者 九重 隆 : 2007年04月24日 16:51
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