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第九回 日本と西洋のチャンバラ考

 

西洋チャンバラのエースは快傑ゾロ

西洋チャンバラの想い出で、まず頭に浮かぶのは『バイキング』だね。斬るというよりも、ブッ叩くといった感じの、重量感あるバイキング刀でのチャンバラは迫力ありましたよ。この作品は、同名の映画を作ったカーク・ダグラスが、自分の独立プロでテレビ化したものだった。映画で使用した大道具・小道具が流用されていて、テレビ映画とは思えない出来ばえだったよ。当時は映画でヒットした作品をテレビ化したものが数多くみられた。『名犬ラッシー』もそうだし、『裸の町』『第三の男』『カサブランカ』などはその代表例だ。最近は、往年のテレビヒット作品を映画化するという逆転現象が起こっているね。

『バイキング』で、王の次男リーフに扮していたジェローム・コートランドは、野蛮な中にも知性のひらめきを感じさせる役者だった。そのうち映画に進出して有名になると思って注目していたんだが、とうとうお目にかからなかった。名前を憶えたのがバカみたい……。

9~10世紀の海の英雄が北欧のバイキングなら、16世紀の海の英雄はイギリスの海賊だね。海賊船ゴールデン・ヒンド号で、圧政をしくスペイン人の町や、船を襲って財宝を略奪し、ユニオンジャックを七つの海にひるがえした、海賊船長の縦横無尽の活躍を描いた冒険活劇が『キャプテン・ドレーク』だった。キャプテン・ドレークは実在の人物で、イギリス人最初の世界周航者なんだよ。南アメリカの南端ケープ・ホーンとサウス・シェトランド諸島との間にある南太平洋と南大西洋を結ぶ海峡は、彼の名をとってドレーク海峡と名付けられているね。

ゾロスペイン領だった1820年のカリフォルニアを舞台にしたチャンバラ活劇が『快傑ゾロ』だった。黒マントに黒マスク、剣をとれば天下無敵。どこからかさっそうと現れ、剣でZの刻印をしるして去ってゆく。神出鬼没の活躍をみせる西洋版鞍馬天狗といったところだね。私たち悪ガキは、鉛筆やチョークで、ゾロと同じようなZの刻印を、学校の壁や、よその家の塀にコッソリ書き残したものです。原作は『地下鉄サム』で有名なジョンストン・マッカレーの小説『カピストラの呪い』で、今までにも何度か映画化されている。最も有名なのがダグラス・フェアバンクスの『奇傑ゾロ』で、無声映画の傑作といわれているね。アラン・ドロンの『ゾロ』も、ラストの決闘シーンが評判を呼んだ。最近の『マスク・オブ・ゾロ』は原作から離れたオリジナルだったが……。テレビでは、ガイ・ウィリアムズがなかなか巧いチャンバラを見せていたよ。

ゾロスペインで剣を磨いたカリフォルニアの大地主の息子ドン・ディエゴが、故郷のロサンゼルスに帰ってみると、砦の司令官が領主の代理として圧政をしいていた。ディエゴは敵を油断させるために、柔弱な伊達男とみせかけ、ゾロとなって悪人どもをやっつける。正体を知っているのはディエゴの唖の忠僕だけ。彼は喋ることはできないが、耳は聞こえるので、敵の秘密を探ったりして、私たちの間ではゾロに次ぐ人気者だったよ。

 
 
 

『三匹の侍』はTVチャンバラの革命

 

三匹の侍代官の圧政に苦しむ上坂村の農民が、代官の手代を人質にとって、年貢米の軽減のため代官と交渉しようとしていた。そこに鉄扇片手に現れたのが芝左近。農民の味方となり、部下を取り返しにきた悪代官を追い払う。代官は人質を奪い返すために、居候の浪人桔梗鋭之助と、牢内につながれていた無頼浪人を村に差し向ける。その中に岡山弁まるだしのイモ侍桜京十郎がいた。左近は、アッというまに三人の浪人を斬りすて、桔梗、桜と睨み合う。「わしゃ、やめた」百姓出身の桜が農民側につく。「おれもだ」桔梗も寝返り、三匹の侍の結成となる。

代官側は、大目付の剣客が中心となって鎮圧に乗り出すが、農民の訴えを認めた上使が到着し、一件落着。ラストは剣客と芝左近の決闘。一瞬で勝負が決まり、立ち去る左近の後を、桜と桔梗がついて行く。

“バサッ、ビュン、カキーン、ズボッ”と人を斬る音、刀の刃風、刀と刀が打ち当る刃音、槍の突き刺す音が、初めてテレビに出現した。映画界において黒沢明が、『用心棒』『椿三十郎』で、それまでの東映時代劇にみられる様式主義の殺陣を打破したのと同じように、テレビ界において舞踊的なチャンバラから、リアルで迫真力のある立回りを樹立したのが、五社英雄の『三匹の侍』だった。

三匹の侍椿三十郎のような豪快な立回りを見せる芝左近に丹波哲郎。剣道有段者の丹波の持ち味が充分にいかされていた。丹波哲郎も新東宝出身の俳優だが、新東宝時代は典型的な悪役で、主演作は一本もなかったなあ。1958年に日本テレビの『丹下左膳』の主役に起用され、豪快な立回りを披露していた。

着流しスタイルの、ニヒルで女好きの桔梗鋭之助に平幹二郎。鞘で相手の剣を払って斬ったり、逆手斬りに相手を倒すときはキマッていた。東映の『新吾二十番勝負』で邪剣の使い手白根弥次郎となって、大川橋蔵相手の炎の中での立回りが印象に残っている。

流行語にまでなった「おえりゃーせんのう」という口ぐせの桜京十郎に長門勇。NHKの『不思議な少年』で、トンマなギャング役で出演していたので、顔だけは知っていたが、芸名は知らない無名のコメディアンだった。新聞の番組欄で出演者を見たとき、最初は長門裕之と勘違いしたくらいだ。浅草のドタバタ喜劇で鍛えられた運動神経は立回りにいかされており、短槍を手首の返しでクルクル回したり、頭上でブンブン回転させたり、離れた敵に投げつけ、近くの敵を居合で斬り倒すところなんかは絵になった。長門勇はこの番組で人気を得て、飄逸な剣豪スターというイメージが定着したね。身体と身体がぶつかりあうような豪快な殺陣は、この三人がなくては成立しませんね。

 
 
『三匹の侍』は、1963年10月からスタートし、途中で芝左近の丹波哲郎から橘一之進の加藤剛に代わったが、69年3月まで放送された。『三匹の侍』というと、音響効果による殺陣ばかりが強調されているが、諸国を放浪して弱い者を助けるアウトロー的な主人公設定も画期的だった。弱者イコール善人ではなく、助けようとする相手以上に敵が悪辣なだけなのだ。時として、助けた相手から裏切られることもあり、敵にまわることだってあった。それまでの善対悪という単純な構図から、行動の正当性という新しい機軸を生み出した。それは、『木枯らし紋次郎』『子連れ狼』『必殺仕掛け人』といった旧来の約束事を破った、新しい時代劇ヒーローに引き継がれていった。

琴姫七変化旧来のチャンバラ時代劇の代表的なものに『琴姫七変化』がある。大村崑の『とんま天狗』の後をうけて、1961年から62年にかけて放送された。提供は大塚製薬。主演は松山容子。NHK松山支局の事務員から松竹の女優になり、この番組で人気スターとなった。可憐な容姿が魅力的だった。大村崑のオロナミンCの看板はみなくなったが、辺鄙な山間地の村へ行くと、今でもボンカレーを宣伝している彼女の看板にお目にかかることがある。

琴姫七変化『琴姫七変化』の主人公の琴姫は、将軍家斉の末娘。大奥の生活に嫌気がさし、自由の天地を求めて諸国漫遊の旅に出る。剣は柳生新陰流免許皆伝の腕前。ある時はいなせな鳥越女、ある時はアメ売り、またある時は凛々しい若衆侍、ある時は町人姿、最後は美しい姫装束に姿を変え、幕府転覆を図る奥州伊達家の陰謀を粉砕する。彼女を助けて活躍するのが、若き剣法指南役の柳生大三郎だった。

旧来のチャンバラ時代劇の特色は、第一に主人公の氏素性がいいこと。葵新吾、白馬童子は将軍の息子だし、隠密剣士は将軍と兄弟といった具合。そうなると、白塗りの二枚目が主演となる。長門勇や丹波哲郎では高貴な血にはほど遠いし、平幹二郎はヒネていて良家の子息の素直さがない。第二に、善玉と悪玉が明確になっていること。世の中には、善と悪とがあり、悪は最初から最後まで悪で、最後は必ず善が勝つ。悪とする基準は、体制に歯向かう者。公儀が作った社会秩序を乱すものは、すべからく悪なのである。第三に、絶対の正義は高貴な血筋の継承者にだけあり、その主人に忠実なるものは正義の味方になるということ。お家乗っ取りの陰謀を琴姫に訴える家臣は善で、病気がちの藩主に代わって政治を行おうとする家老は悪なのである。相手に一分の理があっても、琴姫の敵は悪であり、彼女を守るために戦う大三郎は正義の味方なのだ。役所や会社における上司の考えを絶対的正義とする、日本人特有の無邪気な考え方は現在でも蔓延してるよなあ。

琴姫七変化
 
資料提供 : Nostalgic World
 
次回は「動物だってTVの主役になれる」を掲載します。お楽しみに!

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コメント

へぇ~、ボンカレーの人って、NHK松山支局の事務員だったんだぁ。やっぱり善悪がはっきりしたドラマなどは、見終わった後、すっきりしますものね。これは日本人のみならず世界共通ではないかと思います。

投稿者 上原真弓 : 2007年03月22日 17:16

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