| (文)エッセイスト・池田佳代 | |
開高健の美学には、トランジットライフをハッピーにする 秘密とノウハウが詰まっている。 |
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開高さんと知り合って驚いたのは、 |
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| 「ウマイモンを攻めるときには、それなりの覚悟をそこはかとなくしてかかるのだから、それなりの味があたえられたら眼をつむりたいと、こちらは思いきめているのである。----恋とおなじだ。御自分で見つけて下さい」 | |
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| ルポを読んで開高ファンに | |
| みなさんはどんな風に開高健氏のファンになりましたか? 小説、釣り紀行、ドキュメント、食についてエッセイ。開高氏の守備範囲は広い。 私の場合はドキュメント。でも、有名なベトナム戦記でなくて、ユダヤ人虐殺の罪を問う、エルサレムでのアイヒマン裁判のルポを読んでからである。 私は小説が苦手だった。読んだ本がわるかったのだろうが、恋愛のどろどろが四畳半の世界に閉じ込められて息が詰まってしまう。ドキュメントの方がよっぽどハラハラドキドキして人間が見えると思った。 ところがアイヒマン裁判を読んで驚いたのは、書いた人が小説家であること。小説家でちゃんと外に目が開かれている人がいる。すごく新鮮で、それから開高氏の本を読み始めた。 やがて彼が食いしん坊であることもわかった。衣・食・住のどれに比重を置くかと聞かれたら80%は食と答える私はなおうれしくなった。おまけに開高氏の食の随筆は、とっても深い。どん欲な知識欲と人間への洞察、旺盛な現場主義で書かれた文章は、読む人をわくわくさせる。ブランドとか値段とかそんなのでなくて、自分の物差しをしっかり当てて書かれているから歯ごたえがある。 もし、開高氏がいらして、何でもおねだりしていいといわれたら、食卓の端っこでもいい、一緒にご飯を食べたいと絶対いう。 |
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| 珠玉の食談 | |
| 開高氏は、小説家は、運動選手が縄跳び、ランニング、自転車などあらゆる手段でトレーニングするのと同じように、朝起きてから寝るまで、さらに寝てから見る夢についてまで、ことごとく森羅と万象について観察と描写のトレーニングを重ねなければいけない。「味覚についてのデッサン、すなわち“食”についての短文、随筆、随想などは、最高の鍛錬の形式であるはずである」と書いている。 開高氏の食に関する文章の魅力は、見たこと、味わったこと、感じたことを、自分だけの言葉で語りかける点だと思う。 彼自身もいう。「手にできるかぎりのイメージとコトバを動員して舌の上のたったの一瞬に迫らなければければいけない」。 まだ、開高氏のエッセイを読んだことのない方は一度読んでみてください。『地球はグラスのふちを回る』、『開口閉口』、『小説家の食卓』など文庫本でもいろいろ出ている。 開高氏の食談には、単純に「おいしい」とか「いわく言い難い味」というイージーな表現は1つもない。表現は豊饒だけれど、書く姿勢はストイックなまでに誠実である。作家の中には、ご馳走に出会って『言語に絶する』、『筆舌に尽くし難い』と平気で書いている人が当時もいたらしいが、これはプロ意識の放棄だ、軽蔑してよろしいと開高氏はいっているけれど、なるほどとうなずける。 |
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| 越前ガニとイワシ | |
たとえば、ゆでたての越前ガニを口にしたときのことを次のように書く。「赤い、大きな足をとりあげて殻をパチンと割ると、なかからいよいよ肉がでてくる。それは冷たいけれど白く豊満で、清淡なあぶらがとろりとのり、赤と白が霜降りの繊鋭な模様となって膚に刷かれてあり、肉をひとくち頬ばると甘い滋味が、冷たい海の果汁が、口いっぱいにひろがる」 読んでいるだけで、こっちまで引き込まれてしまう。 さらに開高氏はうまいカニは高級料亭のようにおちょぼ口で食べてはいけないという。「食べたくて食べたくてムズムズしてくるのをジッと耐えながらどんぶり鉢に1本ずつ落としていき、やがていっぱいになったところで、箸いっぱいはさみ、アア、ウンといって大口をあけて頬ばるのである。これである。これでないといけない」(『孔雀の舌』) ダイナミック。これぞ開高流である。 越前ガニは、ちょいと手が出ないなあと思う人には、こっちの話を読んでほしい。魚は、肉もうまいが肝がうまい。魚の内臓は「魔味」を持っているという開高氏は、沖に出たとき漁師の天晴れなイワシの食べ方に心を動かされる。 「ピンピンあばれるのをピッと皮を剥き、ジャブジャブと海水で洗ってそのまま口へほおり込む。モグモグと日焼けした顔の皺を総動員して食べているのを見ると、ほんとうにうまそうである」 開高氏は、見ている人に食欲をおこさせるようなこの食べ方につられ、釣竿をおいて、見よう見まねでイワシの皮をはぎ、海水で洗い、口へほうり込む。 「生臭さなどは一点もなく、ほんのり甘いところがあり、それに洗いのこしの内臓の苦味がちょっぴりついていたりして、ウン、イケルと大きく頷く」(『地球はグラスのふちを回る』) |
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| 洗面器の話と孵化した卵料理 | |
| 海外の取材旅行では、開高氏は現地で現地の人が食べるものを旺盛に食べた。上等でえりすぐりのものを気取って食べるというのではない。ふちがかけてギザギザになったどんぶりに盛られものだって、おいしいものはおいしいと評価する。その国に住む人の暮らしを、食を通してやさしくリアルに見つめる。ベトナムの洗面器の話は暮らしがしみだしていて私は好きだ。 「バナナのてんぷらを揚げるのも洗面器、――さまざまな煮物、焼き物を持って売るのも洗面器、水を入れて熱帯魚を売るのも洗面器である。――兵隊が作戦に借り出されると――よく見かけるのは洗面器に炊いたご飯をつめこみ、それをバナナの葉でくるみ、しっかりと縛ったのを小さな背にかついで、ヨチヨチと運んでいく光景である」 開高氏の胃袋の好奇心は旺盛である。サイゴンの、「美食の美食」として売られている料理を食べる話に私はどきどきした。 「“2週間め”とか “3週間め”といって、卵黄がすでに内部でヒヨコになっているのを殻を割ってそのまま食べなさいとさしだされたときにも、愕然とした。---そいつをロウソクの光の中で一息にグッと呑み、もぐもぐと噛み、羽根とくちばしを、指でおっとりとつまみだして、それからおもむろに、何気ない風をよそおって、ものうげにポイ、肩ごしにうしろへ投げるのである。これがあの国のサヴァラン(食通)のしきたりだというのである」 |
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| 食に対する視線の深さ | |
| 開高氏の食のテリトリーは、貴族の食から庶民の食まで幅広い。でも、高くて上等なものをつきつめるというスノッブでなくて、安いもののうまさもしっかり発見していく。それぞれの価値をきちんと認める。そこが開高氏のよさだと思う。 味を表現するだけではない。日本でも海外でも、その土地の文化、歴史にまで開高氏の視線は深く入っていく。民俗学、比較文化といった知的な好奇心も刺激してくれる。洗面器の話や孵化した卵料理の話もその中に入る。 最近、ホーチミンに住む甥っ子を訪ねてベトナムにいった友達が面白い話をしてくれた。ある日、近所の人の招待から帰ってきた甥っ子に、どんなご馳走が出たのと聞いた彼女に、「犬を食べた」という答えが返ってきた。「中国みたいに毛のふさふさした犬?」とたずねたら「違う」という。「飼い犬がうるさくて近所の評判が悪い。それなら、というので犬をつぶして振舞ってくれた。みんなおいしそうに食べてたよ」「あなたは」「うん、僕も」 ペットが料理になるなんて、今の日本人には想像がつかない。でも、自然とともに暮らす人にとっては、たとえ飼い犬でもちゃんと食べることは、あたりまえなのかもしれない。それがその土地で暮らす人の文化である。もしかすると開高氏が、現地で現地の人が食べるものを味わったのは、食べるものの先にある歴史や文化を知るためだったかもしれない。 |
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| 開高氏の食の作法を知りたい | |
開高氏は、洋酒会社のPR誌の編集者やコピーライターとして酒について20歳代からたくさん書いているが、食について頻繁に書き始めるのは比較的遅くて昭和40年代の半ば、40歳の前半からである。人の原点は、テーマに取り掛かったときにあるような気がする。その頃書かれたエッセイで見つけた2つの話が私には印象的だった。「貧乏人ほどうまいもの食っとりまっせ。負けますワ。そらゴツイもん食べたはる」という当時の「辻留」主人、辻嘉一氏の話を開高氏が「1つの核心をついている」といっていることである。日本を代表する料亭の主人の言葉に、料理の真髄は高い・安いではないということをきっと開高氏は直感したに違いない。 もう1つは、作家きだ・みのる氏に、食いたいと思ったものは朝昼晩三度三度食べに食べ、徹底的に食べるのだ。そうしないとモノの核心はつかめないのだぞ、と教えもらったという話である。 開高氏は、大らかに、デリケートに食談をしている。でも、表現を極めるためにただ食べていたわけでないと思う。開高さんの本を読んだだけではわからない、食に迫るための作法がきっとあったはずだ。 現実の開高氏がいったいどんな食べ方をしていたのか、もし、同じ食卓にいたら、私はどんな体験ができたのだろう。 |
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| 量・ひたむき・下世話 | |
| 「量」「ひたむきさ」「下世話」---文筆家・菊谷匡祐さんは、開高さんの食にまつわる思い出としてこの3つ教えてくれた。菊谷さんは、大学生のとき、芥川賞をとったばかりの開高氏に大学新聞に原稿を依頼したのがきっかけで、年下の友人として開高氏が亡くなるまで親しく付き合い、食事もよくした。 「大食ぶりについては、もう言葉もなかった」。菊谷さんは、エッセイ『開高健のいる風景』で書いている。「2人で、餃子は3皿か4皿である。このうち、3分の2は開高さんの胃の中に消えていく。焼きそばをかっ込み、レバニラ炒めをかっ込む。――そしてそれから、タンメンかチャーハンでの仕上げに至るのだった」 実際に自宅でもよく食べていて、アジの干物というと、お皿に5枚はのっていたという。 菊谷さんが会った頃の開高さんは、細くて、おむすびの三角形を逆にしたような顔だった。細い体のどこに食べ物が入っていくのかと思ったという。 しかし、あっという間に、開高さんは「鶴のような痩身」から、よく知られたぽっちゃり顔になっていく。「やせた開高さんがステキという読者の期待を裏切らないほうがいいでしょう」という菊谷さんの言葉を開高氏はとても気にしていた時期があったという。 「開高さんの頭のシャープさは変わることがなかったけれど、まあるくなったために、かえって見かけがおっとり見えて、トクしたかもしれませんね」 また、料理は、食べながら会話を楽しむものというのが普通だけれど、菊谷さんによれば開高氏は違ったという。 「食べ始めるともうひたすら食べるだけ。言葉がない。でお皿が終わると、例の大声で後から後から言葉が出てくる」 食べるときの集中。これが「ひたむきさ」である。 「量」も「ひたむきさ」も基本にあるのは戦中・戦後の開高さんの飢餓体験がベースにあるのではないかと菊谷さんはいう。 「食だけでなく、知でも開高さんは飢えている。だから、それを埋めるように食べ、また勉強した。穴を深く掘るには、穴を大きくしないと深く掘れない。何か勉強しようとしたら、どんどん広がっていく。最初掘ろうと思った穴の本質と関係ないように見えて、内的には関連しているということだと思います」 3つめは、「本質的には下世話なものが好きだったのではないか」ということ。王様の食べるような料理も楽しんでいるが、窮屈だったのではないかという。 フランス料理でいえば、レストランタイプでなくて、ビストロへ行って豚の血の詰まったソーセージを安ワインで楽しむタイプだという。フォアグラよりアンコウの肝、キャビアよりトンブリがおいしいといっていた。 「基本的に安くてうまいものが好きだったと思います。安いことは誰にもわかるけれど、安くてうまいもんは誰でもわかるものではないですからね」 |
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| うまいもんは自分で探せ | |
| 編集者として、また家が近くてよく開高氏に呼ばれて、ご飯もよく一緒に食べた藤本和延さんも菊谷さんの意見に近い。 「大阪人だから、食い倒れみたいなものが好き。有楽町のガード下の煙がモウモウしているモツ屋にいきましたね。開高さんが一番好きだったのは中華だと思いますが、内臓が食いたいといって、中華料理屋では、まかない料理を出してくれないかと頼んだりしてました」 藤本さんが印象に残っているのは、自分がうまいと思う店を自分の足で見つけるということだった。 「開高さんが行ってるあの店おいしいですか?と聞くと、いつも自分で行って調べてこいといわれましたね」 味覚は人によって違うということを知っているからだろう。そういう意味で開高氏は、自分の舌を信じていたし、人は人で自分の舌を信じればいいと思っていたに違いない。 「たとえば吉行淳之介さんが行ってる店だから行こう、なんていわなかった。たとえ吉行さんに勧められたとしても、自分で行って確かめ、うまいと思ったら、黙ってそこに行く人ですね」 また、自分で食べてうまいと思った店には、通い続ける人だった。 「僕たちを誘うとき、行きつけの店しか行かなかった。通いつめると店の人は何が好きかわかってきます。何も言わずいつものといえばまた出してくれる」 藤本さんも菊谷さんも、べつべつに開高氏と食事をしていたはずだが、話に出てきた中華、モツ屋、焼き鳥、ビストロ、お粥屋はほとんど共通の店だった。 また、2人は口をそろえていう。「人間関係を食べに行っていたのではないか」。気に入った店の親父の顔を見に行って「今日は何おいしい?」と聞いて出してもらう。 「開高さんは焼き鳥は唐辛子を皿に山盛りにして、ちょいちょいとつけて食べるのが好きだった。行きつけの焼き鳥屋はそれを知ってる。ひいきのフランス料理屋では、パリの下町でたべたのと同じようにバケツにムール貝をどっさり入れて出してくれる。僕ら3つ4つ食べるともういいと思うけれど、開高さんはうれしそうにそれを20個くらい食べてた」 食べた感想を、おいしい、まずいというありきたりの表現をすると、こっぴどくしかられたという思い出もあるという。 「手垢のついた言葉を口に出すな、とね。つまらない言い方して叱られるより、黙ってた方がいい。開高さんがみんなを笑わせようと一所懸命はなすジョークを聞いてましたよ」 |
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| (続く) 次回はもう一人の証言者であるカメラマン・高橋曻氏の証言を採り上げて掲載します。 ご期待下さい。 |
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| 取材協力 : 開高健記念館 |
実にダイナミックな食べ方です。私も、好きな物は無心にしゃぶりつきます。食べ物の食べ方は人それぞれ、開高さんの食に対する考え方に共感します。次号が楽しみです。でも、正月は控えめにします。
投稿者 甲斐 太郎 : 2006年12月28日 18:06
開高健氏をいわゆるグルメ(美食家)と思っていたが、とんでもない、今回改めて氏の〈食〉へのひたむきさがよく解りました。でも、これが本当のグルメかも…。
投稿者 茅ヶ崎 : 2007年01月10日 10:36
食への関心ウエイト50%の私ですが、開高氏の桁外れた食に対するエネルギーには、ただ呆然・・・。
投稿者 四季の風 : 2007年03月29日 15:54