| (文)上海工商外国語学院 客員教授・中本 洋 |
| 留学した上海の大学の校内で上海人の女生徒と散歩していたとき、周りを歩く大勢の学生を見ながら、彼女は突然私に「私達上海人は顔や服装を一目見ただけで、上海人か地方の人かはすぐ分かります」と誇らしげな口調で言い、驚いたことがあります。おそらく地方人はダサいというわけでしょう。私には全部同じ中国人に見えていましたが。また、私が受けていた中国語の授業中、上海人の若い男性の教師が「北京は上海の富のおかげで存在できるのだ」と言い、北京に対する敵意をむき出しにするのを聞いて、これも驚いたことがあります。また、東京にいたとき多くの中国人留学生に会いましたが、一般の学生は「中国人の○○です」と自己紹介するのに、上海人だけは「私は上海人です」と上海を強調していたことを奇異に思ったことがありました。今思えば、上記のエピソードといい、つまりは<上海人の自信>ということなのでしょう。
確かに多くの上海人と付き合っていると、頭のいいことはすぐ分かります。ただ、その頭ですが、北京人によれば「彼らは目先のことばかり考えている頭のよさ」だそうです。また、ある上海人のインテリは言い換えて「上海人は今の飯さえ食えれば満足し」「将来を見つめる雄大な理想がない」と嘆いていました。そのかわり、金儲けはうまいというのが定説です。前を見て進む、という意味の「向前看」という毛沢東の言葉をもじって、上海人は「向銭看」だと地方の中国人から言われています。「前」と「銭」は発音が同じですので、「金」ばかり見ているというわけです。はっきり言えば、上海人は地方の中国人から余り尊敬されていないのです。しかし上海人は平気で、「文句があるなら、金を儲けてみろ!」と反論します。「対岸の火事」ながら、両者の確執は中国を理解するうえのキーワードになるでしょう。 ある日、教え子の女子学生と話をしていたとき、結婚の条件の話になりました。勿論彼女は上海人です。「高学歴、高収入」という要求は当然でしたが、「もし、その要求を満たした男が北京人だったら?」と聞くと、彼女は「母は絶対許しません!」。 「上海人の自信」と言えば、次のようなこともあります。 |